幸せへの扉

繰り返し目にする数字パターン。これはいったい何を意味するのだろう。それが自分を導くエンジェルナンバーの存在に気づくきっかけだった。
その数字の意味を調べはじめたら、それは全てが今の自分へのメッセージだった。天使は少し前を歩きながら、道を示す。迷いそうになったら諭し、寂しくなったら愛のこもった言葉で励ます。始めからずっとそばにいてくれたのだ。すべての人のそばに。

少しだけ変えていく

美月

自分を責めるのはやめる


とにもかくにも


どんなに自分自身に対して

許せない気持ちになっていたとしてもだ


冷たい雪がやんだら


おひさまの下で


「もう自分を責めない」

と誓おう


自分を律することは

成長することにおいて

必要な要素だ


だけど

自分を責めることと

自分を律することは

少しだけ違うことに思える


自分の無力さ


自分の至らなさ


自分があるとき

衝動的にしてしまったこと


どうしても

力が及ばなかったこと


それに対して


どうしてあんなことをしてしまったのか


これさえできたら良かったのに


ああはならなかったはずなのに


どうしてできなかったのだろうと

無限に自分を責めてしまうときがある


それが

何度も繰り返されてしまうとき


そのたびに

おなじ屈辱を味わうことになり


私たちは

自分を責めるループに入り込むのだろう


起きてしまったことは

いつもどうすることもできない


そして

いつも同じ「失敗」を繰り返してしまうことに

失望してしまうのだ


失敗することも苦しい

そして

それによって自分を責めていることは

いっそう苦しいことだ


私たちは

成長したり

学ぶために

ここに生まれてきている

と言われている


だけど


それはなにも

厳しさをもってしなくてもよいのではないか


自分に鞭を打ったり

心のなかで厳しい言葉を浴びせたり

どうしようもなく無限に責め続けたり


真面目に取り組もうとする人こそ

このループから抜け出すことができない


そのとき


あのとき


どうしたってできなかったことはある


どうしてもできないことはある


それが人間だ



繰り返される同じ「課題」があるのだとしたら


自分を責めてしまう代わりに


そのことに取り組むときに

一つの新しいアイデアを

少しだけ自分に試してみようか


それは

少しだけいつもとは違うことをしてみる


少しだけ

やり方を変えてみる


そのはたらきによって

少しだけ

起きるパターンを変えてみる


自分を責めずに

少しだけ

いま自分ができる新しいことをやる


少しだけ

新しいパターンを試す


自分や誰かが許せなくて

苦しんでるのだとしたら


自分にたいして

優しさやご褒美を許さないのではなくて


むしろ

こんなときこそ

自分に幸せに感じる時間をプレゼントしてみたり

つい顔がほころんでしまうような美味しいケーキを

自分に食べさせてあげたり


できないことに対するストレスと

じぶんを責めるストレスで

固くなってるじぶんを


まず先に癒さなくてはならない


ご褒美をもらって

固くなっていた自分の気持ちがほころんだら


新しいアイデアを

一つだけ試してみる余裕も生まれるだろう


そうしたら

少しだけ

勇気のいることを一つ

やってみる


それだけで

起きるパターンは変わる


小さなこと


小さな取り組み


小さな変化が


積もり積もって

より良い大きな変化へ

つながっていく


人は

急に大きく変われないし

大きく成長することには

少し負荷がある


やるべきことがあるとしたら

それは

できない自分を責めずに

今できる範囲で

「少しだけ変えること」


「自分を責めない」というのも

自分を変える最初の小さな一歩であり

試してみる価値のある

新しいアイデアだ


このアイデアは

思いのほか

自分を新しい世界へ

連れて行ってくれそうだ


気がつけば

大きく

自分が変われて


微笑んでる自分が

未来にいるかもしれない


いま試してみること


それは

自分を責める代わりに

少しだけなにかを変えること

気づいたときから

美月

人生に

満たされないことや

苦労や

悲しい経験が多いと


まるでなにか罰を受けているように

感じるものだ


幸せそうに

穏やかに

生きているように見える

誰かを見ては


自分とくらべ


自分は

罰を受けて

こんなに苦労が多いのだと思い込むことがある


自分の人生は

所詮

そんなものだと諦めたりする


人は

自分の苦しみが大きく見える


そして


他人の苦しみは見えない


羨ましい

幸せそうな誰かもまた


同じように

苦しんだり

悲しんだり

悩んだりしていることを

知らない


悲しいことが多いのは罰ではない


報われないことが多いのは

罰ではない


泣きたいことばかりが多かったのは罰ではないのだ


それらは


誰かから与えられた

罰や裁きなどではなくて


自分自身の努力が

足りないからでもない


自分の魂が成長するために


人生でそれらを経験するために

設定してきたシナリオだという


悲しみや苦しみ

淋しさを感じ

人生のなかで深く潜り


奥深さを味わう


心の痛みを経験して

自分や他人への愛情を育てるのだ


それらを経験した魂は

見える世界が人とは違う


そこで終わりではない


そのことに気づいたときから


報われなかったこと


それらを認めて

受け止めて


それらがもたらされた

ほんとうの理由を

理解したとき


自分自身と自分の人生を

ゆるすことができるかもしれない


まるで

季節が

冬から春に変わるように


そう気づいたときから


人生は変わる


失意の中で

色を失いかけていた風景に


ふたたび

彩りがよみがえっていくだろう


そこからまた

新たな章がはじまっていく


あきらめるのは早い


ここであきらめるのはちがう


人生の旅は

ここを通り過ぎて

さらに先へと進む


ここからが


生まれ変わった

自分の

ほんとうの人生のスタートラインなのだ

考えずに、感じる

美月

私たちは頭で考えてばかりいる


考えすぎるとなにもわからなくなる


なんのために生きるのか


考えても

こたえが見つからないのは


すなおに

歓びや楽しさを

感じることを忘れているからかもしれない


私たちはいつも忙しい


自分以外のなにかや

誰かのために


ほんとうのしたいことを

我慢したり


抑圧したり


後回しにしたり



忘れているなにか


置き去りしてきたなにかを

いま、もう一度

思い出してみたい


ワクワクしたり


心がおどるようなこと


気持ちがうごかされること


それは

生きるエネルギーになる


よりよく生きていくために

人生において

なにが最善かなんて

難しい顔をしながら

考えても


なにが意味があることなのか

なんて考えても


腑に落ちるこたえは出てこない


くらい部屋の中で

頭で考えてばかりいるより


日差しが降り注ぐ

外へ出向いていって


清々しい初夏の空気を

いっぱい吸い込んでみることだ


新緑の草木の醸し出す

さわやかな空気と


暖かな日差しを

心と身体にあびて


小鳥たちの会話する声をきいて


のどか乾いたら

美味しい水をのんで


お腹がすいたら

身体にやさしい食べ物を

たべて


美味しいと感じること


「美味しい」


「気持ちいい」


ただシンプルに

そんな感情を味わうこと


それが

ここに生きる歓び


部屋のなかで

じっと座り続けて

なにかを探し出そうとしても

きっと見つからない


きっと答えはでない


外へ向かおう


そこでシンプルになにかを感じたとき


こたえは降りてくる


人生の意味なんて

堅苦しく考えなくていい


優れた完璧な人生


それを理想としながら


だれかに認められる人生を送ろうとしていないだろうか


そのことばかりを見つめているかぎり


生きる意味は見つからない


心地よい世界に身をおいて


すなおに感じればいい


目の前のものを

感じて

歓びがうまれたとき

そこに

生きる意味がある


探していた生きる歓びは

さわやかな風の中で

きっと見つかる