幸せへの扉

繰り返し目にする数字パターン。これはいったい何を意味するのだろう。それが自分を導くエンジェルナンバーの存在に気づくきっかけだった。
その数字の意味を調べはじめたら、それは全てが今の自分へのメッセージだった。天使は少し前を歩きながら、道を示す。迷いそうになったら諭し、寂しくなったら愛のこもった言葉で励ます。始めからずっとそばにいてくれたのだ。すべての人のそばに。

どんなあなたでもいい

『どんなあなたであってもいいんだよ』


『どんなあなたであっても

愛していますよ』


それが神さまの私たちへの愛なのだそうだ


私たちは

ふと何かをきっかけに

自分を責めている


なにか良くないことが起きれば

事あるごとに

自分を正したり

律したり

自分自身に厳しくしていたりする


いつも自分に厳しくあることが正しい


厳しくしていないと向上できない


進化できない


長い間

それが「正しいことだ」と

思い込み

人生を送ってきた


そうやって

自分を責めて

至らないところを正して

自分を監督して

尻を叩いて


心が

ほんとうはしんどいって

叫んでいるのに


それを抑えつけて

ダメだ、ダメだって

自分をゆるさないでいる


自分のなかの何かを正そうとすることを

やめられないでいる


意味もなく力が出なくなったり


とつぜん、涙が出てきたり


なにも喜びが感じられなくなるのは


そうやって

自分が自分自身を

監督しつづけて

無意識に責めていることをやめられないから


「至らない自分のままだと

神さまは喜ばない」


「至らない自分のままだと

誰も喜ばない」


「至らない自分のままだと

自分は見捨てられる」


尽きない恐れのなかで

自分の尻を叩き続けて


かたくなにそう思って


ずっとずっと


ありのままの

至らない自分を

ゆるすことができないでいるのだ


だが


神さまは

まるで

優しい微笑みを浮かべて

見守る母のように

私たちを見ている


『どんなあなたでもいい』


『どんなあなたも愛している』


なぜなら


神さまは知っているからだ


ときに

私たちが自分の未熟さを

責めて嘆いていることを


「どうして

あのときできなかったのだろう?」


「あのとき、こうできればよかった」


「あのとき、ああできれば

違う結果になれたのに」


そう嘆く私たちを知っている


私たちが

いつも

どんなときも

すべてのことを良くしようと

精一杯、力を尽くそうとしていることを

神さまはわかっている


それでいて

思い通りにならなく

自分自身を責めていることを

神さまはわかっている


だからこそ


神さまは教えてくれているのだ


あなたは


あなたがどんな自分であっても

責めなくていい


あなた自身があなたを

どんな自分でもいいとゆるして

包んであげるといいのだということを


私たちが

いま、そのことに気づく必要があることを

教えてくれている


どんなに後悔の思いが

よぎることでも


私たちは

そのときそのときで

ものごとを正しく選んで生きてきたのである


正しく選んで


いま、ここまで

歩いてきたのである


いま、ここで

すべきことがあるのなら


それは

神さまのように


どんな自分もゆるすこと


どんな自分もやさしく見守るように包んでみること


ありのままの自分を

ゆるすと

何かが変わるのだ


自分を責めることをやめると

何かが好転していくのだ


自分自身を責めること

否定することをやめると


おのずと

自分自身を責めなくてもいい世界へと招かれていくのだ


心の鎖がほどかれて


すべてに光が射し込み


あらゆる物事が

好転していくからだ


もう責めなくていい


ありのままを

愛そう


ありのままを

ゆるそう


どんな自分でもいい


そう決めて

ここから歩いていくのだ