幸せへの扉

繰り返し目にする数字パターン。これはいったい何を意味するのだろう。それが自分を導くエンジェルナンバーの存在に気づくきっかけだった。
その数字の意味を調べはじめたら、それは全てが今の自分へのメッセージだった。天使は少し前を歩きながら、道を示す。迷いそうになったら諭し、寂しくなったら愛のこもった言葉で励ます。始めからずっとそばにいてくれたのだ。すべての人のそばに。

折り合いをつけること

なんとなく気持ちが晴れなかったとき


きっかけや理由は些細なのだ


誰にでも思い通りにならないときというのはあるもの


なのに、それをすんなり受け入れたり、受け流せないときもある


一つの不満がきっかけで

不満の雲がもくもくと立ち込める

良いことを数えられなくなる


まだそんな悪い癖を繰り返すの?

そんな自分を責め始める


些細なことに感情を乱してしまう自分が不甲斐ない


些細なことだからこそ

なおのこと


しかし

自分や誰かを責めても何も解決しないんだった


いまだ、どうにもならない現状に苛立ったり、不満に思ったり、悲観したり


人間だから、時折マイナス思考が浮かんでしまうのは仕方ない


問題は、それとどう折り合いをつけるか


感情的になったり

マイナス思考に包まれてしまったとき


そんな自分をどう扱うか


そんな自分とどう折り合いをつけるか


人生は他の誰かに克つことじゃない


自分自身に克つことなのだ


時に、どうにもならないことに反応して

苛立ったり、焦ったり、左右されてしまう自分に克つこと


そんな自分を「越えていく」こと


ときに

揺れてしまう

ブレてしまう

そんな自分と

どう折り合いをつけるか


どう軌道修正していくか


どう立て直していくか


そんなことの繰り返しである


自分と折り合いをうまくつけるようになった人が

人生の勝者なのかもしれない


感情的な弱い自分を責めることをせずに

どうすれば気持ちよく生きられるか

どうすれば前向きな気持ちを呼び覚ますことができるか


感情が乱れることがあっても

時間をおいて整えられれば、それでいい


それでいいのだ


責めずに

そう言って自分を諭そう


どうすれば整うかを工夫して


そうして

一つ一つ

自分の弱さを越えていくこと


それが「成長すること」なのだ

いま、十分に満たされている事実

心がざわついてきたら


あれが足りない

これも足りない


これもあれもやれていない


心は欲張りだし、心配性で、何かと危機感を覚える


気がつくと、不足や欠乏に対する恐れが心のなかに湧き出す


芋づる式にあれこれマイナスのイメージを手繰り寄せて、必要以上にじたばたする

今すぐその事態をなんとかしたくなる


でもそれは頭のなかで駆け巡ってるだけの妄想


天使は教えてくれる


物事は宇宙が決めたタイミングで必要なときに順番にもたらされる

機が熟せば、実現されていく


心のなかでじたばたして

失速しそうになったときこそ

フッと力を抜いてみよう

囚われていた焦りから自分を解放するのだ


なんてことはない

自分が作り出した恐れの幻影に惑わされていただけなのだと

思いの外、冷静さを取り戻したりする


身体の力を抜いて

物事は順番にもたらされる、成し遂げられる、という事実を思い出そう


いたずらに、恐れる必要はない


恐れに費やす時間がもったいない


恐れる心のエネルギーは

物事の実現のエネルギーを遮り、本来の力や動きを滞らせてしまうからだ


大丈夫だ、いつだって


天使はいつもいう


欠乏や不足について考えるのではなく


いま思うようにならないことに気を揉むのではなく


いま、あるもの

いま、持っているもの

いま、出来ていること

やれたこと、こなしたこと

その達成感や充足感へ心を向けて

感謝の気持ちを持つことだ、と。


やれたことに感謝をする

与えられたものに感謝をする

持っている、ということに感謝をする


不足や欠乏にばかり目がいっていると

いくら与えられても

いくら獲得しても

いくらこなしても

まだ足りない、まだやれてない、まだ、まだ…

と永遠に欠乏地獄に囚われ続けてしまう


現時点において、与えられているものに感謝ができていないと

与えられるエネルギーが止まってしまう


まずは、手のなかにあるものに満足し、感謝すること

そして

これまでにこなしてきたことを認め、そのことを称賛するのだ

その上で

いまできる一歩を進む

いまできる一つのことだけに気持ちを集中する

ただシンプルに


焦りは封印して


心のなかに、一度にあれやこれや詰め込んで

すべてこなそうとヤキモキするのは

気持ちやエネルギーを分散させ

あるいは消耗させ

かえって何も得られなくなる


心のなかもシンプルにしておいた方がいい


目の前のひとつ

目の前の一歩


そうすれば、次々にタイミングよく豊かさはもたらされる


感謝して、満足し、じたばたしない

そうすれば

寛大で豊かな宇宙の恵みをずっとずっと受け取り続けることができる


宇宙のエネルギーは同じ性質のものに同調し、引き寄せられる


豊かさが欲しければ

むしろ、今の時点で、心をゆったりと落ち着け充足感を感じる必要がある


そう

なにも足りないものなんてない


今も、これまでも


自分はたくさんのものを与えられ

たくさんのことをこなしてきた


そのことを見つめるのだ


その紛れもない事実を


焦らなくてもいい


私たちは誰でも、みんな

いま、現時点で

十分に満たされている


深く息を吸い込んで

心をしずかに

その事実を思い出そう

ゆるめること

いま、「ゆるめる」ことが必要なように感じる


どんなことに置いても

どんなことに関しても


今までの価値観

それは、自分個人のものだったり

広く大きく考えて

自分を取り巻く社会の価値観だったり


今までの「常識」や「必要なこと」と捉えられてきた価値観は

とにかくやみくもに獲得するために奔走することのように思える

無理をしてでも

他を出し抜いてでも

何を犠牲にしてでも

「獲得」すること


スピードを求められ

合理性を求められ

生産性を求められ


私たちは自分をころし

無理をして

自分に蓋をして

そこに自分自身を組み込んでいかなければならなかった


組み込まれそびれると

容易に社会から弾かれてしまう


まるで使い捨てのように

合理性のもとに


弾かれまいとくいしばる


誰かにそうするように求められたり

またそうでなくても

自分自身がそうしなければ、と強迫的に思い込んでるのである


犠牲を払って貢献することが

英雄であるかのように感じている


私たちはゆるめなければならない


もっと、自分自身を

ペースをゆるめて

スピードをおとして


自分自身の内なる声を聴けているか?

悲鳴をあげているのを無視してはいないか?


「無理をすること」に使命や義務を感じて

その責任を果たすことで

そうすることで自分を安心させていないか?


そうしないと、自分は許されないのではないか?


誰かが赦してくれないのではないか?


見捨てられるのではないか?


心の底にそんな不安を宿しながら


出口のない道を歩かされているのだ


ゆるめるのだ


身体を

心を


これからは、そうしていかなくてはならない


こうでなければいけない

そんなふうに決めつけずに


がんじがらめにならずに


ゆるめることで見えてくるものがある


もっと大切なこと

必要なこと


ほんとうは欲しかったこと


頑なに決めつけずに


もっと楽に構えよう


80%主義でいこう


設定した目標と計画に縛られ過ぎずに

決めつけ過ぎずに


走り続けることだけがゴールに近づくことではない


ペースをゆるめ

ときに心と身体を休め、自分自身を遊ばせる

周りの景色をゆっくり見渡す

そのとき、心に響くものが目に飛び込んでくるかもしれない


それが何かを変えるきっかけになるかもしれない


寄り道やよそ見だって

人生に彩りを添える大切な要素だ


走り、立ち止まり、休み、遊び、味わう


そしてまた走る


走り続けて、何かを「生産する」ことばかりに気をとられないことだ


ゆるめれば

本来の自分の力を取り戻す

ペースをゆるめることによって

狭い視野が少し広がる


余裕が生まれる


余裕を生み出し、楽に構えることが

何かを獲得する早道なのだ


その姿勢を保てば

心をゆるやかに、軽やかに保てば


宇宙はほんとうに必要な、最適なものを私たちに贈ってくれる


宇宙は

社会のペースに乗れないからといって

私たちを弾いたりはしない

生産性がないからといって

決して、弾いたりはしない


ほんとうは

宇宙は私たちに優しく、寛大なのである